zoё's studio:DIARY 9811

ECCE HOMO

※ECCE HOMOとはニーチェの半自伝的かつ狂気に満ちた晩年の作品『この人を見よ』の原題で、
ここではzoёの偏見と怒りと笑いに満ちた日々の記録のことである



1998.11.29.Sun. 
リハ。今日はアルバム用のマテリアルのディテイルを色々模索した。たくさんのマイナーチェンジ。eoeに持ってきて貰ったハードディスク・レコーダーで2曲を一発録りした。無心にギターを弾いてるといい気分。今日の朝方まで作ってきた曲は軽く当たって、詳しくは次にまわす。夜キクチ君が遊びに来た。久しぶりに会って嬉しかった。今週はじっくり曲作りに充てる予定。今回は磨き込まれたコアな作品になると思う。帰宅したら朝5時過ぎてた。また僕にとっての明日は半分終わってから始まることになるだろう。

1998.11.28.Sat. 
通夜。halと僕も参加させて貰った。出会いと別れ。人は孤独に生まれて、孤独に死んでいく。幻想でもいいからたくさんの楽しい夢を見たい。深夜自宅に戻って、曲を作る。朝方寝る。明日はリハ。

1998.11.27.Fri. 
今日は泳いだ後、新曲作りの予定だったけど、訃報があって、予定が変わった。友人のお母さんが亡くなった。すぐ近くに住んでいるので、何も出来ることは無かったけど朝方までその友人の家にいた。彼みたいないいヤツにこんな悲劇が訪れるなんて何ともやりきれなかった。こう言う時に僕は一体どうすれば良いんだろう。彼がどう思うかは関係なく、僕は彼を自分のファミリーに入れた。

1998.11.26.Thu. 
泳ぐ。今日は1.5km。今日、ジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』読了。これまたすさまじい作品だった。詳しくは別ページで。

1998.11.25.Wed. 
先週の木曜日以来ほぼ一週間ぶりに泳ぐ。今日は久しぶりなのであまり張り切らず、1km泳いだ。

1998.11.24.Tue. 
リハ。今日はあまり寝てないせいか、いまいち調子が出なかった。夜12時頃、トミナガ君から電話があって、HALのデモのミックスをやってるというので、リハが終わってからのぞきに行った。なかなか強力なミックスをしていて感心した。なんだかんだで帰宅したらもう朝6時だった。メラトニンを飲んで、リラックスした状態でボーッとしながらジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』を読んだ。

1998.11.23.Mon. 
今日からプロバイダーの契約が始まるのでいろいろマックの設定を試みたが全然つながらなくてむかつく。夜、曲作りをしてたら朝になってしまった。昼からリハなのに。

1998.11.22.Sun. 
午後に起きて、食材を近くのでかいスーパーに買いにいく。ここはまるでアメリカのスーパーみたいなノリがあって品揃えも良くて安くて新鮮なので気に入ってる。引っ越してから毎朝アボガドとチーズをベースにしたサンドイッチを朝食に食べてるので僕の家のアボガドの消費量はかなり高いと思う。というわけで今日も買った。

1998.11.21.Sat. 
 今日もリハ。マスタリング後の音をみんなで聴く。盛り上がった。新しいアルバムに向かってみんな気合いが入った。トミナガ君も遊びに来た。彼は以前録ったデモのミックスをやってもらってて、今日何曲か聴くことが出来た。なかなか面白く仕上がってて楽しみだった。昨日に引き続き新曲とアルバム収録予定曲を練る。サジ君から電話が来て、今日VALで回すというので、リハの後、遊びに行くことにする。halとアニキとトミナガ君を車に乗せて、しげそもバイクで来た。不況というけれど夜の2時頃なのにも関わらず、六本木が凄い数の人と車で埋め尽くされてて、驚いた。VALは前回同様アグレッシヴでアットホームで面白かった。VALで以前HALのプロモーション・ヴィデオを録ったベン君に久しぶりに再会した。4時前に店を出る。

1998.11.20.Fri. 
リハ。来年初頭に録る予定のHALの3RD ALBUMの為のプリプロをかねたリハ。今回の作品はここ2年弱の間に温めて、何度もバンドで演奏してきた曲が大半を占める予定。ライヴメンバーを起用した初のフル・アルバムになる。HALの新しいスタートを飾るにふさわしいすさまじい作品になると思う。
“NAKED TRACKS”のジャケットの打ち合わせ。打越さんから出たアイデアは刺激的で暴力的で面白かった。取りあえず、昨日作ったばっかりの新曲を練る。あっという間に強烈な雰囲気を持つ作品になってきた。今のHALのバンドは本当にいいバンドだと思う。誰も真似できないサウンドを持ってると思う。
所で今日の朝コーヒー豆を使いきってしまい、いつもの店に買いに行く暇がなかったので、スタジオの近くの豆を売ってる店でボリビア ミンガという豆を買ったんだけど、豆を挽いて飲んでみると、それほどおいしくなかった。恐らく豆を焙煎してから時間が経って酸化が始まっているのではないかと思う。もっと前だったらこの微妙な差はわからなかったと思うけど、いつも買ってる店では生の豆を注文してからその場で焙煎してくれるので、ここ1年ほどはいつも焙煎したての物を飲んでて、新鮮なコーヒーに対しての感覚が養われてたんだと思う。僕もついに違いのわかる男になってきてしまった。

1998.11.19.Thu. 
泳ぐ。車のエンジン・オイルを交換した。作曲。新しいアルバムの為にあと2、3曲書くつもり。

1998.11.18.Wed. 
 泳ぐ。作曲。

1998.11.17.Tue. 
悪夢で目が覚める。久しぶりに泳いだ。「知の再発見」双書が出してるジャン・マリニー著『吸血鬼伝説』を買う。このシリーズは1冊の8割はカラーの絵や図が載ってて、面白い。HALでも“VAMPIRE”という曲を書いたけど、こういう異形の者には惹かれる。それが真実かどうかは別にして。

1998.11.16.Mon. 
次のアルバムの制作に関してミーティングした。まだ色々決定してないので秘密。その後帰ろうとして車を運転してたらサジ君から電話がかかってきて、自由が丘にいるというので、すぐ近くを僕も走ってたので会うことにした。先日ここには書けない、かなり面白い事件がサジ君と僕の間であって、後日談を聞いた。マスタリングしたばっかりの音源を聴かせてあげた。コイン・パーキングに車をいれてそこで爆音で聴いてたら、隣接した家の人から苦情を言われた。クラリッサ・ピンコラ・エステスと言う人が書いた『狼と駈ける女たち 「野性の女」元型の神話と物語』と言う本を買った。これはhalという複雑な人間を理解するために参考になるような気がして購入。どういう本かはまたいずれ紹介する。

1998.11.15.Sun. 
今日はギターを弾いて食材を買いに行ってコーヒー豆を買って本を読んで、夜は時差ぼけ解消のためにメラトニンを飲んで寝る。僕はカフェイン・ジャンキーというかコーヒー・ジャンキー。豆も200gをその場でローストしてもらって、家で手回しで挽いていれる。それも豆は劣化を防ぐため密封容器に入れて冷蔵庫に保管する。そして1週間で飲みきる。毎朝起きるとまずコーヒーを容れる。お湯を沸かして、豆を冷蔵庫から出して挽いて、ドリッパーとサーヴァーをあたためてペーパー・フィルターを出して・・・。豆も本当に種類やローストの仕方で全く違うテイストになる。奥が深い。因みに僕が最近いつも豆を買ってる店は溶岩ローストという必殺の煎り方をしていて僕が知ってる中では最もコーヒーにこだわった店。豆の種類も豊富で全く聴いたことのない豆のオンパレード。最近気に入ってるのはブラジルのカルモシモサカの名を冠した数種類の豆。これは日系ブラジル人の下坂氏が無農薬有機栽培で少数作ってる豆でこだわりを感じる。香りが高くて苦みも爽やか。今までで印象に残ってる豆はやっぱりハワイのコナという豆。普通の豆の2倍近くするんだけど実際買ってきたばっかりの最初の1杯は人生で飲んだコーヒーの中でも1、2を争う素晴らしさだった。

1998.11.14.Sat.〜11.19.Mon. 
L.A.滞在。来年出るHALの5曲入りミニ・アルバム『NAKED TRACKS』のマスタリングのためL.A.に行った。FUTURE DISCというスタジオでSTEVE HALLというエンジニアにやって貰った。マスタリングというのは、レコーディングが終わった音源をCD用にデジタル処理する作業で、一般に日本ではそれほど重視されてない作業だと思う。この作業で全体の音が実はガラっと変わったりするんだけどね。実際音楽が好きでCDとかよく買う人は気づいたかもしれないけど、洋楽のCDの方がシンプルに言って音がでかい。アンプのヴォリュームを一定にして、日本のCDと洋楽のを聴き比べてみるといい。日本のロックは音が痩せてるんだよね。ソリッドさに欠ける。それもあって僕たちとしては欧米の自分たちが好きなバンドをマスタリングしてる人にやって欲しかった。あまり前例が無かったみたいで制作会社の方から予算が出なくて、交通費は自前で行くことになった。アメリカは初めて。飛行機で9時間くらいで到着。来年あたりアメリカでライヴもやりたかったのでちょうど良い下見だ。空港(LAX)からシャトルバスにのってhalと僕はハリウッドに向かった。FUTURE DISCがあるのがハリウッドのユニヴァーサル・スタジオの近くだった。平面的に家や建物が何処までも続いていて山があって、ハイウェイがある。日差しがきつい。70年代くらいで発展を止めてしまったような、ニューシネマ的な世界。
ホテルに着くとインド系っぽい人がフロントにいる。英語は結構まともだった。各々の部屋で荷物を解いてしばらくしてコーヒーを飲みに外に行った。ロケーションとしてはハリウッド・ブールヴァードまで歩いて10分くらいで、その北にホテルがあった。ハイランド・アヴェニュー沿い。着いて次の日にマスタリングだったので、フロントに朝のタクシーを頼んで早めに寝た。
次の日、朝10時にFUTURE DISCに着く。10分ほどして、STEVE HALLが来て、お互い自己紹介する。早速作業を始める。彼はホイットニー・ヒューストンからロッド・スチュアートから凄い量のマスタリングをいままでやってきてるんだけど、halと僕が気に入ったのは、ALICE IN CHAINSの“DIRT”やJANE'S ADDICTIONの“NOTHING IS SHOCKING”をやってた点。とにかくファットでラウドにしてくれれば最高だった。
L.A.は僕を不安にさせる。なんか奇妙にいびつななんにも無い空間に置き去りにされてしまったような不安。ヨーロッパでは感じたことがない種類の感情。多分むやみに大きくて隙間がたくさんあるからだろう。人はあんまり歩いて無くて、無機質な車やトラックが行き過ぎていく。東京とは全然違う。当然僕のホームグラウンドである横浜とも全然違う。時間が止まってるみたい。
ハリウッド・ブールヴァードは最悪だった。醜悪な観光街。日本人がたくさんいた。でも彼らの眼には僕たちは映って無いみたいだった。昔からよく思うけど、観光地で写真を撮ったりするのは一体どういう意図なんだろう。その場所にいったことの証明にしかならないと思う。一番大切なのはその場所に行って、何を感じたかじゃないかなー。僕も意地悪で、あそこに行った、とか、ここに行ったとか聞くと、ふーん、それで?って問い返したりしちゃうんだよね。実際どう反応していいかわからないよ。そんなのただの事実でしかないからね。
買い物とかは特にしなかった。CDを買った。ビデオを買った。スキニー・パピーのヒストリー・ビデオ。帰国してからこれを見て、NINやマリリン・マンソンが如何に彼らから影響を受けたかがわかって、驚いた。ジェイムズ・エルロイの『L.A.コンフィデンシャル』を持っていって、寝る前に読んだ。ちょっとミーハーかな。

1998.11.07.Sat. 
昼から今度の渡米の手配をしてくれたムラオカ君と飯を食う。彼は実際、LAで働いていたので色々参考になった。

1998.11.05.Thu. 
泳ぐ。来週から渡米するので今週はスポーツ・クラブになるべく行けるだけ行く。

1998.11.04.Wed. 
泳ぐ。髪を切る。いつもは山口さんに切って貰うんだけどタイミングが無さそうだったので飛び込みで行ってみたら、結果、あまり気に入らない髪型になってしまった。
僕は頭の形に癖があるので同じ人、それも上手な人がやらないと悲惨なことになる。経験で知ってたんだけど、やっぱり今回もダメだった。カットする人の言い訳も何度も聞いてる内に読めるようになってきて、やっぱり当然自分の責任、というか腕不足とは言わないわけで、何故か僕の髪質のせいになってしまう。僕も黙って聞いてるわけではなくて、腕がないから上手く切れないんだ的なことをつい言っちゃうんだけど。でも変なヘア・スタイルにされて、おまけにそれは君の髪のせいだと言われたら腹も立つよ。やっぱり無理してでも山口さんに切って貰うんだった。その後本を買う。
『ブコウスキー詩集』、ギヨーム・アポリネール『若いドン・ジュアンの手柄話』、この2冊。

1998.11.03.Tue. 
泳ぐ。恵比寿で打ち合わせ。あまりかみあわないミーティングで、逆の意味で非常にウィトゲンシュタイン的だった。みんながお互いの言葉を勝手に自分で解釈して珍妙なことを言い、それに対してもう一方も、自分流に解釈して発言するので、シュールだった。ただ誰に理解されることもなく宙空に漂う言葉の群。遠く離れた衛星達。僕も超然とそれを眺めていたわけでもなく、勝手なことを言って自己満足になってる。halは煙草を吸いながらボーっとして、退屈そうだった。halは一瞬にしていろいろな背景を読みとる。突き抜けてて、ある意味で自閉症の人が落ちたマッチの数を一瞬でよみとるような不可解な鋭さがある。halの前では嘘や言い訳は無意味だ。嘘かどうかを判断するどころじゃなくてなぜこの人は今こういう嘘をつこうとしてるのかまで一瞬で見えてしまう。halはこういう鋭敏さには自分でもうんざりしてるみたい。実際人と話し始めたとたんその人が意図してること、その人が自分たちにどういう感情を抱いているか、全てわかるとしたら大変だと思う。それも望まずに、それが目の間にあるリンゴぐらいはっきりとわかってしまったら、生きていくのも一苦労だ。そういうわけで、こういう場所の空虚さにはうんざりしてて、ここ数年で完全にミーティング嫌いになってしまった。

1998.11.02.Mon. 
L.A.用のエアー代金、ホテル代をアメリカの銀行に振り込むため、銀行に行く。本を買う。ジェイムズ・エルロイの本を2冊、『キラー・オン・ザ・ロード』、『ホプキンズの夜』。ウィトゲンシュタインの伝記ノーマン・マルコム著『ウィトゲンシュタイン』も買った。ウィトゲンシュタインはデレク・ジャーマンが彼をモチーフにした映画を撮ったことで一躍有名になった哲学者。奇しくもしげそとウィトゲンシュタインは同じ誕生日、4月26日生まれ。ヤツの理屈っぽさを磨き込んでたゆまぬ努力を続けて貰ったらウィトゲンシュタイン並の哲学者になってたかも。話しは逸れるがしげそはほとんど個性的と言っても良い程のしげそ世界に住んでいて、時に関心する。ウィトゲンシュタインが、自分が死んだらこの世界も終わる、と言ったときこの言葉の意味を限りなくウィトゲンシュタインが言おうとした形に近く想像できる人間の一人はしげそだろう。ウィトゲンシュタインが面白いのは、みんなが当然了解しあってるとおもってるコミュニケイションの基礎が実はあやふやで、それどころか言語体系自体が非常にいい加減なものであるところに気づかせてくれる点だ。例えば誰かが『赤』という言葉を使ったとき、想起されるイメージは各人バラバラで厳密に話そうと思ったら、『この場合の赤は・・・』と注釈を付けなければならない。そうやって考えると人間同士のコミュニーケーションは何と危うい基盤の上に成り立っているか、と思う。勿論僕はウィトゲンシュタインの哲学をきちんと学んだ訳ではないし、今僕が書いた内容でさえ研究者に言わせると全くウィトゲンシュタインから離れた戯言にみえるかもしれない。批判されるのは承知で先に進むと、僕の視界にはいる世界は、他の人には見せられない。逆に誰かの視界を共有する事は出来ない。実は色盲みたいに、各人の色のバランスは微妙に違うかもしれなし、音の聞こえ方も違うかもしれない。実際骨格で聞こえ方は違うらしいし、男と女でも聞こえる帯域が違うという。ある時代より前の文学には全く色が登場しないという。今ほどは多くの色を人間が認識してなかった時代が確実にある。そういう時代の西洋の地域に住んでた人で、かつ女性だったら今の僕とは全く違う世界を見てたんじゃないか、と思う。自分が死んだらこの世界も終わるというセリフはこういう意味でインパクトのあるセリフだった。ウィトゲンシュタインは論理の宇宙の開拓者で恐らく今の人類が行けないところまで行ってしまったんじゃないかと思う。ウィトゲンシュタインとニーチェには宇宙の深淵を感じる。

1998.11.01.Sun. 
CMの仕事。アニキにベースを弾いて貰った。ほとんどベース・ソロみたいな曲。僕は作曲とアレンジ。終わってからアニキとeoeとトミナガ君と僕でスタジオ近くの青山のデニーズに行ってダラダラと喋る。