comics & books

業田良家『詩人ケン』
気付いてしまった人と、気付いてない人と、気付いてない振りをしてる人で世界は構成されてる。世界は残酷な椅子取りゲーム。椅子をとる為に他人を傷つけずには機能しない。椅子をとる事をやめるともう君の姿は見えない。象徴死。または本当の死。この世界を語る言葉は不完全で曖昧だけど、言葉を使う者は大きなパワーを持ってると思う。それは凶器にもなり得る力。この作品はこういう世界に美しさを見失わずにいようとする物語。業田良家はまさに哲学するマンガ家。本物の哲学者であればある程哲学してるように見えない。かっこいい。狩撫麻礼も同じ。

狩撫麻礼/中村亜希夫『迷走王ボーダー』
僕は一生涯に一つ、自分の最高の作品を選べと言われたら「ボーダー」を候補に入れると思う。狩撫麻礼/中村亜希夫コンビに外れナシ。マンガと言う偉大なメディアの真の哲学書。狩撫麻礼は日本のニーチェ。恐ろしい男。このマンガは永遠のビックリ・マーク[!]で永遠の問いかけ[?]。!&?としか表現出来ない作品。「ツァラツストラ」と同じ。全ての系統から外れた永劫回帰の書。僕の中で輝きを失わない書。10年前から僕を揺さぶり続けている書。僕も常にあがいていたい。全てを見た後でまだ無邪気でいたい。目をそむけずに、何もかもを飲み込んで、不様でかっこわるくてもいい。現在迷走中。永遠に迷走中。

グッレグ・ベア『ブラッド・ミュージック』
まずタイトルがいい。遺伝子工学をベースにしたハードSF。と言っても非常にリリカルで繊細なムードもあって、未来の古典と呼ばれるに相応しい作品だと思う。知性を持ったナノ・マシーンを、ほ乳類の遺伝子操作によってつくり出すという発想はもう現実の世界で起こり得る話になってる。勿論この作品のレベルではないけど。この作品は起こりうる世界を微妙にSF特有のビジョンに折り込んで行く、その手腕と描かれた世界の美しさで、僕を圧倒した。同時期に書かれた『ニューロマンサー』や『スキズマトリックス』と共にサイバーパンクの作品として見られる事が多いけど、そういうムーヴメントを超えた作品としてのパワーがあって、スリリングだった。また最後のシーンの美しさも見事だった。しかし同じくくりに入れられても、このベアもウィリアム・ギブソンもジャック・ウォマックも見事に全く違う資質を有していてイノヴェーター故のジャンルを超えるパワーを持っていると思う。この作品やブルース・スターリング等を訳している小川隆氏は僕の好きな翻訳者。彼の次の作品『永劫』も読みたくなってしまった。

ジェイムズ・エルロイ『アメリカン・タブロイド』
L.A.クァルテットの最終作『ホワイト・ジャズ』に出て来たのと同名なので、もしかしたら同一人物らしき男、ピート・ポンデュラントが主役の一人。FBIのケンパー・ボイドも『ホワイト・ジャズ』か他の作品に出てた筈。そういうわけで舞台はL.A.から全米に広がる。話の中心はケネディ兄弟。彼等を軸にして裏の世界が狂躁する。この作品は見事に悪人しか出て来ない。見事にみんな自分の欲望に忠実。もちろんケネディ兄弟もひどい。FBIのフーバー長官はもう最悪。しかしこんなにドライに悪人ばっかり出てくる作品も珍しい。相変わらず、エルロイ独特のあの複雑にからみ合うプロットは健在で様々な一件関係なさそうな流れが最後には一つの激流になって行く。僕は個人的にはL.A.クァルテットの方が好き。あそこにあった情念はここにはないから。エルロイのパンクな精神が彼の中の感傷でさえ押し殺してしまったのかな。でもやっぱり僕はエルロイが好き。その複雑で屈折した性格が見えるところも含めて彼はアーティストだと思う。